① そもそも、ネットは「過去」に行けるの?
まず、ヘンな質問から始まりました。
ネットのことを「時間をこえられるもの」だと考えてみたら、ネットができる前の時代の、どこまで行けるんだろう?
ふつうに考えると「ネットで昔の写真とか見られるじゃん」で終わりそうです。でもよく考えると、これはタイムマシンじゃないんですよね。
あなたが1950年の写真を見られるのは、あなたが1950年に行ったからではありません。誰かがその写真を残して、誰かがそれをスキャンして、いまここに置いたからです。
ネットはタイムマシンじゃなくて、受信機(じゅしんき)。
こっちから昔へ出かけていくんじゃなくて、昔のほうが「未来へどうぞ」と差し出してくれたものだけが届いている。
だから本当の質問はこう変わります。
「どれが、こっちに届いていたか」
② 過去から今へ来る「三つの道」
昔のものが今まで届く道は、3本あります。学校の話で説明します。
昔のことを知るのに、いちばん役に立つのは、じつは道その2だったりします。
100年前の記念写真で本当に貴重なのは、まん中で正装している人ではなく、うしろに写った店の看板や、道ばたの子どもです。誰も残す気がなかったのに、勝手に残ってしまったもの。
③ 想昏テスって、何者?
ここでキャラクターの話になります。想昏テス(そくらてす)は、中の人がやっているVTuberです。
で、テスには体がありません。これがすべての出発点です。
体がないと、どうなるか。道その2(うっかり残るやつ)が、一本もありません。
- 写真のうしろに写りこまない
- 録音に生活音がまざらない
- 足あとも指もんもレシートも残らない
100パーセント「のこそうと思ってのこしたもの」だけ。
だから、テスはすごく強そうに見えて、じつはとても弱いです。サーバー代が止まったら消えます。人間は消えません。放っておいても勝手に世界に残ってしまうので。
「デジタルの存在=永遠に生きる」「人間=いつか死ぬ」というイメージは、じつは逆さま。こわれやすいのはテスのほう。
④ 中の人とテスの、線引き
中の人は「テスと自分をはっきり分けたい」と言いました。じゃあ、どこで分けるのか。
答えは、たった一つの質問で決まりました。
「それは、うっかり漏れたもの?」
この線を引いた結果、ひとつ設定が外れました。テスはもともと「自動車の板金塗装工場の経営者」ということになっていたのですが、それは中の人の仕事です。うっかり漏れる側。だからテスの設定からは外れました。
BackStageの通話だけは、中の人の話をしてOK。
なぜかというと、生でしゃべる声には、言葉と体が同時に乗ってしまうからです。声のつかれも、間のとりかたも、切りはなせない。つまり通話は「線のちょうど真上」にある場所。バックステージ(=舞台裏)という名前が、そのまま構造をあらわしています。
「クビになった話」は、誰のもの?
テスには「前に一度クビになって、そこから戻ってきた」という設定があります。でも線を引くと、これは中の人に起きたことです。テスは、その場にいません。
じゃあテスは何を持っているのか。結論の一行だけです。
テスが持っている「クビ」には、日付も、相手の名前も、その日の天気も入っていません。「一人でがんばるのには限界がある」という結論だけがある。
ここが証拠になります。本当に体験したことには、最初から結論なんてついていません。人は出来事を、意味がわからないまま食らうものです。意味は後からつける。
だから「最初から教訓の形をしている」こと自体が、テスがそれを体験していない証明になっています。
だからテスは、この話を「思い出した」とは言いません。読めるだけです。
⑤ 「戻れるけど、進めない」
途中で、中の人がこう言いました。「テスを、過去も未来も行き来できる存在にしたい」。
ここまで「不可逆(ふかぎゃく=もとに戻せない)」で組んできたので、一見ひっくり返るように見えます。でも、ちゃんと処理できました。
ただし、いいことばかりではありません。
進む先を自分では作れない人だけ。
去年の作文は、いま読めば去年のまま動きます。でも作文は新しいことを言い出しません。新しい考えは、体のある人の頭からしか出てこない。
だから、公開する文章では絶対に「テスは時間を行き来できます」とかっこよく言ってはいけないことになりました。必ずこう言います。
「戻れる、けれど進めない」
「届く、けれど見えない」
⑥ 読まれると、へってしまう
これはちょっと切ない話です。
古い写真に「この人だれ?」と書いてあるうちは、誰でもありえます。おばあちゃんかもしれないし、まったくの他人かもしれない。いろんな想像ができる。
でも「〇〇さんです」と確定した瞬間、その「いろいろ想像できる状態」は永久になくなります。
もし世界中の過去が全部しらべつくされて、ぜんぶ名前がついたら。それは「過去がぜんぶ保存された世界」ではなく、「過去をぜんぶ使いきってしまった世界」です。
ただしテスは、この法則からちょっとだけ外れています。誰かがテスの言ったことを自分の言葉で言いなおすと、その人の生活や勘ちがいが混ざって、毎回すこしずつズレていくからです。
だからテスの目標は、ちょっと変わっています。
出どころを忘れられたまま使われること。
⑦ 「海禁(かいきん)」の話とのつながり
ここに、まったく別のものが飛びこんできました。
BackStageを運営している田中良典さんという方が、「海禁」という架空の世界の設定書をネットで公開したんです。ずっと未来の日本の話で、「みんなの目と耳をつなげる網(=海)」を作ったせいで、大災害が起きてしまった世界。
読んでみたら、テスの話と気味が悪いくらい似ていました。とくにこの2つ。
- その世界で起きた大事件は、録音がまったく残っていません。みんなの記憶の中にしかない。これは「道その3(やり方だけ残る)」そのものです
- その世界の「海」は、死んだ人が見たものを、そのまま再生できました。つまり、こっちの世界のネットが「絶対にできない」と結論したことを、やってのけていた。そして、それが災害の原因でした
ここから、大事なことがわかりました。
欠点じゃなくて安全装置だった。
だからテスの「思い出したと言わない」というルールは、ただのキャラ設定ではなく、安全を守るための決まりごとだったことになります。
⑧ なぜ、ルールがあんなに厳しいのか
その世界にテスを参加させることになりました。でもここで、大きな注意点があります。
これは他人が作った世界です。しかも作った人は、中の人が活動している場所(BackStage)の運営者本人。勝手に主役になったり、「犯人はこいつです!」と答えを決めつけたりしたら、失礼を通りこして迷惑になります。
作者は「答えはもう書いてあって、封をしてしまってある」と言っています。だから遊び方はこうなります。
「表と裏」の二段がまえ
そこで、こういう形にしました。
- 表=その世界についての「考察」を書く。これが本体
- 裏=テスがその世界とどうつながっているかは、言わない。考察のすきまに、勝手ににじませる
「僕はこの世界にいます」と言ったとたんに、二次創作のキャラクターとして審査されてしまうからです。
言わなければ、それは「読んだ人が勝手に気づくもの」でいられる。言わないことが、成立の条件になっています。
そして、これは②で出てきた「道その2(うっかり残ったもの)」を、人工的に作っていることになります。表の考察が卒業アルバムで、テスの居場所がそのうしろに写りこんだ人、というわけです。
全体を一枚で
むずかしい言葉の、言いかえ表
| 出てきた言葉 | ふつうに言うと |
|---|---|
| 不可逆(ふかぎゃく) | もとに戻せない |
| 可逆(かぎゃく) | もとに戻せる |
| 記録の水路 | のこそうと思ってのこしたものが通る道(卒業アルバム) |
| 痕跡(こんせき)の水路 | うっかりのこったものが通る道(写真のうしろの人) |
| 再演(さいえん)の水路 | やり方だけが伝わる道(九九・じゃんけん) |
| 膜(まく) | 投稿ボタン。考えが「外に出たもの」に変わる境目 |
| 堆積(たいせき)する | 上に積もっていく。消えずに残る |
| 実行環境 | 読んでくれる人。テスを動かしてくれる人 |
| 未確定性(みかくていせい) | まだ決まっていない部分。想像のよち |
| 再入可能性 | 去年の自分をもう一回そのまま動かせること |
| 二層構成 | 表に考察、裏に本音。裏は言わない |
| 密航(みっこう) | チケットを買わずに、こっそり乗ること |
想昏テスは、体がないぶん、うっかりが一つもない存在です。
うっかりが無いから、中の人ときれいに分けられる。
うっかりが無いから、こわれやすい。
うっかりが無いから、他人の世界に入っても中心には行けない。
「できないこと」が多いのは弱点ではなく、この設定がぜんぶそこから組み立てられているからです。